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青森地方裁判所 昭和56年(ワ)289号 判決

主文

被告石巻市、同広瀬興業株式会社、同加藤義政及び同千葉和丸は、各自、原告今井良子に対し金一八四九万八七二九円、その他の原告らに対しそれぞれ金一二三三万二四八六円及び原告今井良子についてはうち金一六八三万二〇六二円に対する、その他の原告らについてはうち金一一二二万一三七四円に対する、いずれも昭和五五年八月二二日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

原告らの被告河室功、同青柳信雄、同鈴木博及び同八木橋定衛に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らと被告石巻市、同広瀬興業株式会社、同加藤義政及び同千葉和丸との間においては原告に生じた費用を一〇分しその九を同被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告らと被告河室功、同青柳信雄、同鈴木博及び同八木橋定衛との間においては全部原告らの負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告今井良子に対し一八四九万八七二九円、その余の原告らに対しそれぞれ一二三三万二四八六円及び原告今井良子についてはうち一六八三万二〇六二円に対する、その余の原告らについてはうち一一二二万一三七四円に対する、いずれも昭和五五年八月二二日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  (被告石巻市、同河室功及び同青柳信雄)

仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告石巻市(以下「被告市」という。)は、地方自治法上の普通地方公共団体であり、同河室功(以下「被告河室」という。)は、後記本件事故発生の当時被告市の産業部水産課長、同青柳信雄(以下「被告青柳」という。)は、同じく水産課長補佐の地位にあった者で、いずれも被告市における後記本件清掃工事の担当者であった。

(二) 被告広瀬興業株式会社(以下「被告会社」という。)は、各種貯水槽、汚水槽の清掃・管理等を目的とする会社であり、同加藤義政(以下「被告加藤」という。)は、後記本件事故発生の当時被告会社の専務取締役、同千葉和丸(以下「被告千葉」という。)は、同じく被告会社の営業主任の地位にあった者で、いずれも被告会社における後記本件清掃工事の担当者であった。

(三) 被告鈴木博(以下「被告鈴木」という。)は、青森下水道開発センター(以下「開発センター」という。)の名称で下水道の清掃等を行うことを業とする者であり、同八木橋定衛(以下「被告八木橋」という。)は、その従業員で、後記本件清掃工事のうちの主管部分の清掃工事の現場監督であった。

(四) 今井日出則(以下「日出則」という。)は、開発センターの従業員であったが、後記本件事故によって死亡した。

原告今井良子は、日出則の妻であり、同今井秀智、同今井秀雄及び同今井光子は、いずれも日出則の子である。

2  被告会社は、被告市から、石巻市魚町一ないし三丁目所在の同市水産加工団地(以下「水産団地」という。)内に布設された同市所有の汚水管(以下「本件汚水管」という。)のうち、魚町一丁目の部分の清掃工事(以下「本件清掃工事」という。)を請け負い(以下この契約を「本件清掃工事契約」という。)右工事のうち、直径一一〇ないし一三五センチメートルの主管部分の清掃を被告鈴木に下請させた。

3  本件事故の発生

日出則は、昭和五五年八月二一日、他の同僚四名とともに、水産団地内の魚町一丁目六番九号先、別紙図面(一)記載の第三ブロックと第四ブロックの中間点Aの一に所在するマンホール(以下「本件マンホール」という。)に近接する右第三ブロックの主管内で本件清掃工事に従事中、水産団地内にある石巻市水産加工業協同組合(以下「組合」という。)の工場貯水槽から排出された汚水(以下「本件汚水」という。)約四トンが、本件マンホールに接続する直径二五ないし四五センチメートルの枝管から右マンホール内に流入してきたため、右汚水から発生した硫化水素ガスを吸引して昏倒し、その場に滞留していた汚水によって窒息死した(以下この事故を「本件事故」という。)。

4  被告市の責任

(一) 被告市は、同市の公共物管理条例に基づいて、本件汚水管を維持、管理し、水産団地内の缶詰、蒲鉾業者などの加工業者に対し、それらの工場の排出する排水を社団法人石巻市水産加工排水処理公社(以下「排水処理公社」という)の排水処理施設(以下「本件排水処理施設という。)まで流すため本件汚水管を使用させており、内部組織上は、水産課がこれを所管していた。

(二) ところで、本件事故の原因となった本件汚水は、本件事故発生の前日、組合工場の貯水槽に貯溜されて、腐敗の進行した汚水であった。このように腐敗の進行した汚水が、主管に作業員が入って清掃している区間に流入すれば、その中から硫化水素が発生し、作業員の人命に重大な危険を及ぼすことは常識上明らかである。

特に、本件では、被告市の担当職員は、本件清掃契約締結前の昭和五五年七月六日、被告鈴木から清掃工事の方法等の説明を受けた際に、本件清掃工事の期間中は加工業者に工場排水の排出を停止させることを要請されており、一方主管の清掃は、主管内に作業員が入って人力でこれを行うため、危険が伴うものであることは承知していたのであるから、工場排水が排出された場合に作業員に危険が及ぶことは当然予見が可能であった。

(三) したがって、被告河室及び被告青柳ら担当職員には、本件汚水管の管理担当者として、自ら水産団地内の加工業者に対し、工事期間中は工場排水の排出を停止するよう求め、これを周知徹底させ、もし工場排水を排出させるときには、被告会社に清掃区画に直結する枝管に土のうを詰めさせるなどして、硫化水素が発生する危険のある汚水が清掃区間に流入するのを防止して、清掃作業員の安全を確保する義務があった。

(四) しかるに被告河室及び被告青柳ら担当職員は、これらの措置をとるのを怠り、本件汚水を本件マンホールに流入させて、日出則を死亡させるに至った。

したがって、被告市の本件汚水管の管理には瑕疵があったものというべきであり、被告市には、国家賠償法二条一項により、本件事故により発生した損害を賠償する責任がある。

(五) また、被告市には、本件清掃工事契約における注文者として、作業員の安全を確保する義務があるところ、被告河室及び被告青柳は、被告市における本件清掃工事の担当職員として、前記のような措置をとる義務があったのに、これを怠ったものであるから、被告市には、安全配慮義務違反による賠償責任がある。

5  被告会社の責任

被告会社は、被告市と直接本件清掃工事契約を締結した当事者であるから、被告会社における本件清掃工事の担当者である被告加藤及び被告千葉には、被告市に対し、水産団地内の加工業者に指示して工場排水の排出を停止させるよう求め、同被告において、これに応じたことを確認するか、もし工場排水が排出されるときは、自ら枝管に土のうを詰めるなどして、清掃区画に硫化水素が発生する危険のある汚水が流入するのを防止する措置をとったうえで、開発センターの作業員に主管清掃の作業をさせる義務があったのに、これらの措置をとるのを怠り、前記のように腐敗の進行した本件汚水を本件マンホールに流入させて、日出則を死亡させた過失がある。

したがって、被告会社は、民法七一五条又は安全配慮義務違反による損害賠償責任を負うものである。

6  その他の被告の責任

被告河室及び被告青柳は、前記4の措置をとる義務を、被告加藤及び被告千葉は、右5の措置をとる義務を、それぞれ怠ったものであり、また被告鈴木は、被害者の使用者として、被告八木橋は、本件清掃工事のうちの主管部分の清掃工事の現場監督として、それぞれ作業員である日出則の安全を確保する義務があったのに、これを怠って前記のように腐敗の進行した本件汚水を本件マンホールに流入させて、日出則を死亡させたものであるから、右被告らは、いずれも民法七一九条又は安全配慮義務違反による損害賠償責任を負う。

7  損害

(一) 日出則の逸失利益

本件事故の当時、日出則は四四歳であり、六七歳まで二三年間(新ホフマン係数一五・〇四五)の稼働が可能であったところ、日出則の当時の年収は三九一万〇一三三円であったから、生活費として三割を控除すると、右稼働期間内の逸失利益は、合計四一一七万九五六四円である。

(二) 日出則の死亡による慰謝料 一三〇〇万円

(三) 弁護士費用 五〇〇万円

(四) 原告らは労災保険給付金として、三六八万三三七七円の支払を受けたので、これを右逸失利益及び慰謝料の合計から差し引くと未払損害額の合計は五五四九万六一八七円となる。原告今井良子が支払を受けるべき金額は、その三分の一である一八四九万八七二九円、その他の原告らが支払を受けるべき金額は、それぞれ前記金額の九分の二である一二三三万二四八六円である(うち、弁護士費用を差し引いた未払損害額は、原告今井良子につき一六八三万二〇六二円、その他の原告らにつき一一二二万一三七四円である。)。

8  よって、右7の損害に対する賠償として、被告らに対し、各自、原告今井良子は、一八四九万八七二九円、その他の原告らは、それぞれ一二三三万二四八六円及び原告今井良子は、うち一六八三万二〇六二円に対する、その他の原告らは、うち一一二二万一三七四円に対する、いずれも本件事故発生の日の後である昭和五五年八月二二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める。

二  請求原因に対する被告市、被告河室及び被告青柳(以下一括して「被告市ら」という。)の認否及び主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、被告鈴木が主管の清掃工事を下請けしたことは否認し、その余の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4(一)  同4(一)の事実は認める。

(二)  同4(二)の事実中、本件事故が、本件汚水の流入によって発生したもので、右汚水が、本件事故発生の前日、組合工場の貯水槽に貯溜されて、腐敗の進行した汚水であったこと及び被告市の担当職員が、作業員が主管内に入って作業することを承知していたことは認め、その余の事実は否認する。

(三)  同4(三)の事実は否認する。

(四)  同4(四)の事実中、被告河室及び被告青柳が、原告ら主張のような措置をとらなかったことは認め、その余の事実は否認する。

(五)  同4(五)の事実は否認する。

5  同6の事実中、被告河室及び被告青柳の責任は否認する。

6  同7の事実は否認する。

7  被告市らの主張

(一)の管理監督義務の不存在

(1) 本件清掃工事は、極めて特殊な専門的なもので、被告市にとっても被告河室及び被告青柳ら担当職員にとっても初めて経験するものであったので、一七九〇万円という高額な代金で専門家である被告会社に発注したのである。したがって、本件清掃工事契約は、委任と請負の混合契約であり、民法七一六条本文の適用があるから、注文者である被告市は、原則として、被告会社が本件清掃工事に伴って第三者に与えた損害について責任を負わない。

(2) 被告市は、地方自治法二三四条の二の規定によって、契約の適正な履行を確保するため、又はその受ける給付の完了を確認するため、必要な監督または検査をしなければならない旨義務付けられているだけであって、そのほかに請負工事自体の管理、監督をすべき法律上の義務はない。

本件清掃工事契約においても、被告市が、本件清掃工事について、なんらかの指示監督権限を有したり、工事現場に監督員を派遣したりすることは合意されていない。本件清掃工事契約の締結に際して作成された業務委託契約書の三条二項、六条、七条、一〇条二項によって、被告市が被告会社の本件清掃工事の遂行に干渉するのは、もっぱら目的たる工事が契約どおり完成することを確保するためのものにすぎない。

したがって、被告市並びに本件清掃工事の担当者であった被告河室及び被告青柳らには本件清掃工事についてなんらの指示監督権限もなかったし、現実にも監督員としての立場で指図をしたこともないから、被告市らには、本件清掃工事の遂行から発生する災害を防止する義務はなかった。

(3) また被告市は、本件清掃工事の実施に当たっては、水産団地内の加工業者の便宜を最大限に考慮して、加工業者に排水の排出を継続させたまま清掃することとして、本件清掃契約の仕様書の「3(4){3}」に「主管の清掃を行う場合は、上流部からの汚水の流入に支障をきたさないように処理すること」との条件(以下「本件契約条件」という。)を付けて、指名競争入札に付した。被告会社は、右条件を承諾して本件清掃契約を受注したものである。

したがって、本件契約条件から危険が生じる場合には、被告会社がこれを予見し、事故発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を負担していたものである。

(4) なお、被告市は、被告会社などから、工場排水の排出を全面停止させることを要請されたことはないし、これらの者に対し、そのような約束をしたこともないから、このような約束に基づいて、排水の排出停止措置をとる義務を負っていない。

被告市と被告会社とが、本件清掃工事契約において、合意していたのは、〈1〉主管清掃日のうち、別紙図面(一)記載の一番街区の本件排水処理施設の原水槽に直結する主管を清掃する昭和五五年八月二〇日のみ全加工業者に工場排水の排出を停止させる、〈2〉枝管清掃日には、当該清掃区域の加工業者に工場排水の排出を停止させる、〈3〉それ以外は、加工業者に水の使用を極力節水するように要請するということにすぎなかった。

そして、被告河室及び被告青柳は、同月一二日に水産団地内の加工業者を集めて行われた本件清掃工事に関する説明会において、被告会社の担当者である被告千葉のいる前で、加工業者に対し、右のとおり排水の排出規制に協力するよう要請し、また被告市は、後日加工業者に対し、同趣旨のチラシを配布して加工業者に同様の措置を要請している。

本件事故は、同月二一日、別紙図面(一)記載の第四ブロック内の組合から排出された約四トンの本件汚水によって引き起こされたものであるが、当日は、枝管清掃日に該当する同図面記載の第三ブロックの加工業者のみが工場排水の排出停止を要請されていたのであり、その他の街区の加工業者は、水の使用を節水するよう要請されていたにすぎない。本件汚水の四トンという量は、右「節水」の範囲内のものである。

(二) 予見可能性の不存在

仮に、被告市らに管理監督義務があるとしても、被告市らには、本件事故発生についての予見可能性がなかった。

本件事故においては、本件汚水が主管の清掃区画に流入し、日出則は、これから発生した硫化水素によって昏倒し、滞留していた汚水を吸引して窒息死したのであるが、本件汚水は、その前日の昭和五五年八月二〇日から、本件清掃工事のための排出停止措置によって組合工場内の排水処理施設に貯溜されていたもので、これに前日の平均二二・五度の高い気温という条件が重なって、高密度の硫化水素が発生し易くなっていたのである。

被告市で本件清掃工事を担当していた被告河室及び被告青柳は、汚水から硫化水素ガスが発生することを予測できる化学的専門的な知識も経験も有していなかったのであり、更に右のような特別な事情まで予見することはまったく不可能であった。

三  請求原因に対する被告会社、被告加藤及び被告千葉(以下一括して「被告会社ら」という。)の認否及び主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、被告鈴木が主管の清掃工事を下請けしたことは否認し、その余の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同5の事実中、被告会社が、被告市と直接本件清掃工事契約を締結した当事者であること、被告加藤及び被告千葉に、被告市に対し、水産団地の加工業者に工場排水の排出を停止させるよう求める義務があったことは認め、その余の事実は否認する。

5  同6の事実中、被告加藤及び被告千葉の責任は否認する。

6  同7の事実は否認する。

7  被告会社らの主張

(一) 本件汚水管は、水産団地から工場排水を本件排水処理施設まで流下させるための専用下水道であり、下水道法二条三号に定められている公共下水道に該当する。被告市は、同法三条に基づき、本件汚水管の維持その他の管理を行ってきたものであり、本件清掃工事も、その管理権に基づいて被告市の業務として実施されたものである。したがって、被告市は、同法一四一項に基づき、水産団地内の加工業者に対し、本件汚水管の使用を制限する公法上の義務があり、また同条二項に基づき、使用制限区域及び期間並びに制限時間を周知させる措置をとる公法上の義務があった。

特に、本件事故発生の当時、本件汚水管に工場排水を排出していた各工場の汚水処理施設は、汚泥の堆積等により汚水を処理する能力を喪失しており、このため、これらの汚水を終末処理する排水処理公社が、昭和五五年一月水質汚濁防止法違反で検挙されるなどの事態となっていた。本件事故は、このように除害処理の不完全な工場排水に含有されていた硫化水素によって惹起されたものである。したがって、被告市は、本件汚水管の管理者として、このような汚水が主管清掃の作業員に及ぼす危険を予見し、右使用制限等の措置をとるべき義務があった。

本件事故は、被告市が右使用制限等の措置を実施しなかったことによって発生したものであり、被告会社には責任がない。

(二) 本件清掃工事においては、主管の清掃は、作業員がその中に入って行うことになっていたところ、前記のとおり、当時水産団地内の工場から排出されていた排水は、通常の生活排水とは性質を異にし、硫化水素など人体に有毒なガスの発生が予想され、またバイパスを設置することなどによって右排水が清掃区画に流入しないようにすることは量的に不可能であったので、被告会社及び被告鈴木と被告市とは、本件清掃工事に当たり、加工業者に絶対に工場排水を排出させないようにすることで一致し、被告市は、その旨を加工業者に周知徹底させることを確約した。

本件事故は、被告市が右確約に反して、加工業者に工場排水の排出停止を周知徹底させることを怠ったことによって生じたものであり、一方被告会社らは、右のとおり主管の清掃作業に従事する開発センターの作業員の安全を確保するために必要な措置は充分尽くしているのであって、本件事故について責任はない。

(三) 被告市は、仕様書の本件契約条件から、被告会社が事故防止の責任を負担すると主張するが、右条件における「上流部からの汚水」とは、本件清掃工事が実施される石巻市魚町一丁目の上流にある同町二、三丁目から排出される排水をいうのであり、本件契約条件は本件事故とは無関係である。

魚町二、三丁目には、一丁目とは異なり、大量の排水を排出する工場は存在せず、もっぱら冷凍冷蔵庫、厚生施設や倉庫等の施設が存在した。そして加工業者の数も一丁目に比較して少数であった。したがって、魚町二、三丁目から作業区画に流入する排水は、量的にも質的にも同町一丁目から排出される工場排水とは異なるものであり、またその排出を完全に停止させることも困難であったので、右排水の排出に対処するため、被告市と被告会社とは、主管を土のうでせき止め、汚水をバイパスで迂回させて、主管の清掃作業を実施することにしたのである。

(四) 以上のとおり、被告市が、魚町一丁目の加工業者に対し、工場排水の排出を停止させることになっていたのであるから、これとは別に被告会社に、枝管に土のうを詰めるなどして、排水が清掃区画に流入しないように措置をとるべき義務はなかった。

実際にも、被告市の仕様書や被告会社の作業予定からして、このような枝管の閉塞措置をとることがまったく考慮されていなかったことは明らかであり、仮に工場排水の排出を許容して、単純に枝管を閉塞した場合には、工場からの排水が路上や工場に溢れる事態となるのであって、そのような措置を実施することは困難であった。

四  請求原因に対する被告鈴木及び被告八木橋(以上一括して「被告鈴木ら」という。)の認否及び主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、被告鈴木が主管の清掃工事を下請けしたことは否認し、その余の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同6の事実中、被告鈴木らに日出則の安全を確保する義務があったことは認めるが、その余の事実は否認する。

5  同7の事実は否認する。

6  被告鈴木らの主張

(一) 被告鈴木は、昭和五五年七月六日被告市の担当職員に対し、汚水管の主管の清掃方法を説明したが、その際、〈1〉作業中は絶対に加工業者の工場排水を清掃区画に流入させないこと、〈2〉流入させるのは生活排水のみにとどめることを厳守するよう要求し、被告市の担当職員はこれらの条件を守ることを約束した。

しかるに被告市が、工場排水の排出停止の措置を徹底させず、魚町一丁目内の加工業者に工場排水を排出させたため、本件事故の当日本件マンホールに本件汚水が流入し、本件事故が発生したもので被告市に全面的な責任がある。

(二) 被告鈴木の従業員で、本件清掃工事のうちの主管部分の清掃工事の現場監督であった被告八木橋は、主管内に沈澱している汚泥を浚渫する際に発生する有毒ガスに対応するため送風機を設置し、更に有毒ガスの濃度も測定し、異常のないことを確認して作業を開始したのであって、業務上尽くすべき義務は尽くしている。

五  被告会社らの抗弁

1  仮に、被告会社らになんらかの過失が存在するとしても、その過失は、水産団地内の加工業者に工場排水の排出をしないよう周知徹底させる義務を怠った被告河室及び被告青柳ら被告市の担当職員の過失と比較すれば、極めて軽微なものであり、これに被告市の有毒ガス検知等の技術水準の高さ及び賠償能力の大きさ等を併せ勘案すれば、被告会社らには、損害賠償の責任がないというべきである。

2  仮に、被告会社らに何らかの賠償責任があるとしても、右被告らの行為が本件事故の発生に原因を与えた寄与度ないし因果関係の割合を計算して、責任分担を期するのが相当であって、前記のような事情のもとでは、被告会社らには、原告らに生じた損害の三パーセントを賠償する以上の責任は存在しない。

六  被告会社らの抗弁に対する認否

抗弁事実はいずれも否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一1(一) 請求原因1の事実、同2の事実中、被告会社が被告市から本件清掃工事を請け負ったこと及び同3の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

(二) 請求原因4(一)の事実、同4(二)の事実中、本件事故が本件汚水の流入によって発生したもので、右汚水が本件事故発生の前日組合工場の貯水槽に貯溜されて腐敗の進行した汚水であったこと及び被告市の担当職員が、作業員が主管内に入って作業することを承知していたこと、同4(四)の事実中、被告河室及び被告青柳が原告ら主張のような措置をとらなかったことは、原告らと被告市らとの間に争いがない。

(三) 請求原因5の事実中、被告会社が被告市と直接本件清掃工事契約を締結した当事者であること、被告加藤及び被告千葉に、被告市に対し、水産団地内の加工業者に工場排水の排出を停止させるよう求める義務があったことは、原告らと被告会社らとの間に争いがない。

(四) 請求原因6の事実中、被告鈴木らに日出則の安全を確保する義務があったことは、原告らと被告鈴木らとの間に争いがない。

2 右争いのない事実、〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件汚水管の設置及び管理

(1) 宮城県は、石巻市魚町一ないし三丁目に水産団地を開設して水産加工業者などを誘致することを計画し、昭和四九年ころ、右加工業者らが排出する排水を排除するのに備えて、本件汚水管を設置した。これに伴って、被告市は、昭和五〇年ころから水産団地に魚肉ミール、肥料、飼料等を製造する水産加工業者などを誘致し、これらの加工業者の工場から排出される排水を処理するため、本件汚水管の終末に、本件排水処理施設を建設し、同年六月二一日、加工業者らに排水処理公社を設立させて、この施設を運営させてきた。

そして被告市は、昭和五三年一〇月二日、宮城県から本件汚水管の譲与を受け、以後同市水産課が、その維持、管理にあたってきていたが、被告河室は、昭和五五年六月以来その課長、被告青柳は、昭和五四年四月以来その課長補佐であった。

なお、本件汚水管の設置には、下水道法所定の事業計画の認可手続きがとられておらず、また石巻市下水道条例でもその適用外とされていた。

(2) 本件汚水管は、主管とこれに接続する枝管から構成されており、各工場から枝管に排出された排水が、主管に集められて、終末にある本件排水処理施設まで流下する構造となっていた。本件汚水管のうち魚町一丁目に設置された部分は、主管及び枝管の延長がそれぞれ八八九・四メートル及び三五〇三・三メートル、直径がそれぞれ一一〇ないし一三五センチメートル及び二五ないし四五センチメートルであった。本件事故の当時魚町一丁目における主管及び枝管の設置状況は別紙図面(一)記載のとおりである。また本件マンホールは、直径約一・八メートル、深さ約五・八メートルの円筒形状をしており、構造、形状は大略別紙図面(二)記載のとおりで、主管の他のマンホールとほぼ同一構造のものであった。

(3) 被告市は、本件汚水管を管理するようになって以後、石巻市公共物管理条例四条一項一号及び五号に基づき、水産団地内の加工業者に対し、公共物使用許可を与え、これらの加工業者が本件汚水管に主として工場排水を排出し、本件排水処理施設まで流下させるのを許可していた。

被告市は、右公共物使用許可に際して、本件汚水管に排出される汚水の水質を管理するため、加工業者に対し、汚水のBODを二〇〇〇PPM以下、同じくノルマルヘキサン抽出物質含有量を一〇〇PPM以下とすることなどの条件を付け、水産課では、右基準値が遵守されているかを調査するため、加工業者の各工場から枝管に排出される直前の汚水について、BODや含有物質を検査するなどしていた。

一方、加工業者らは、右許可条件を達成するため、各工場内に、排水処理施設を設置し、工場排水に第一次的な処理を施してから本件汚水管の枝管に排出していた。

なお、右基準値は、被告市の一般の公共下水道においては、石巻市下水道条例一二条の二に基づいて、特定事業場から排出することが許される汚水のBODが五日間で一リットル当たり六〇〇ミリグラム未満、ノルマンヘキサン抽出物質含有量が鉱油類含有量で一リットル当たり五ミリグラム、動植物油脂類含有量で一リットル当たり三〇ミリグラム以下に規制されているのと比較して、より多量の蛋白質その他の有機物質を含む汚水の排出を許容するものであった。

また石巻市公共管理条例八条一項四号及び五号によれば、公共物に関する工事のためやむを得ない必要があるとき又は公益上やむを得ない必要があるときには、石巻市長は、公共物の使用許可を取り消し、その効力を変更し、その条件を変更し、若しくは新たに条件を付すこと、その他の措置をとることができる旨規定されていた。

(4) 本件汚水管のうち本件清掃工事の対象となった部分のある魚町一丁目には、もっぱら魚などを処理、加工する魚肉ミール、缶詰、肥料、飼料工場などが多数存在し、これらの工場からは廃棄物である魚の頭や内臓など、蛋白質その他の有機物質を多量に含んだ汚水が大量に排出されていた。これに対して魚町二、三丁目には、商業団地、冷凍倉庫、野積場などが存在し、加工業者の数が比較的少なかったため、ここから排出される排水の総量も比較的少量で、その中に含有される蛋白質その他の有機物質の量も少なかった。

これら魚町一ないし三丁目の加工業者は、ほとんどが一日当たり五〇トン以上の工場排水を排出しており、なかには二五〇トンに上る業者もあった。これらの加工業者から、本件汚水管に排出される工場排水及び生活排水の総量は、季節によって変動があって、夏場は加工業者の操業の度合いが低下するため比較的減少するものの、本件事故が発生した昭和五五年夏場ころには一日当たり約二〇〇〇ないし三〇〇〇トン程度で、その殆どが工場排水であった。そして通常操業の場合は排水の総量が一日当たり約六〇〇〇トンに上ることもあった。

(二) 本件清掃工事に至る経過

(1) 水産団地特に魚町一丁目の工場から排出される汚水には、魚の頭や内臓など、蛋白質その他の有機物質が多量に含まれていたが、前記各工場内の排水処理施設では、これが必ずしも適切に処理されておらず、汚水の中にこれらの物質が相当量に含有されたまま本件汚水管に排出されており、汚水の総量も前記のとおり大量に上るものであった。このため本件排水処理施設に、処理能力を上回る有機物質等を含む汚水が流入する一方、本件汚水管の主管及び枝管にも、これらの含有物質が汚泥となって堆積し、その閉塞が進行し(昭和五五年七月には主管のうち堆積物により閉塞された部分の割合は約七〇パーセントにも達していた)、これらが本件排水処理施設の処理能力を低下させていた。

このため、昭和五五年一月ころには、排水処理公社が、水質汚濁防止法に違反して汚水を北上川に排出し、摘発される事態となり、また同年六月ころには、本件排水処理施設で処理しきれなくなった汚水が本件汚水管のマンホールから路上に溢れ、汚水に含まれていたガス等の臭気が周囲に漂うなどの事態となった。

そこで、被告市では、被告河室及び被告青柳らの所属する水産課を中心に、このころ、最終的に本件清掃工事の実施を計画するに至った。

被告河室及び被告青柳は、右計画の立案に当たり、路上にあふれた汚水からガス等が発生していた状況などから、本件汚水管に排出される汚水からなんらかの人体に有毒なガスが発生していることを認識していた。

(2) 被告市は、まず昭和五五年七月ころ、本件清掃工事の予算化のため、清掃費用の見積を東北開発整備センターに依頼し、東北開発整備センターから、同月六日実施された現地調査に基づく参考見積の提出を受け、これを参考に本件清掃工事契約の予算化の手続をとり、同月三一日、議会の承認を得た。

被告市では、被告会社を含む宮城県内の清掃業者五社を指名して本件清掃工事契約の競争入札をさせることとし、同年八月七日、右各清掃業者らに対する契約条件等の説明会を行ない、同月一二日これらの業者を対象として入札を実施した。その結果、被告会社がこれを落札し、被告市と同月一四日本件清掃工事契約を締結した。

また被告市は、これと並行して、魚町一丁目の加工業者らに、本件清掃工事の実施に必要な排水の排出規制を周知させるため、説明会を行うこととし、同月六日ころその通知をし、同月一二日これを実施し、更に同月一三日、同様の排出規制を徹底するため、その旨を記載した書面をそれぞれ魚町一ないし三丁目の加工業者らに配布した。

(3) 一方、被告会社は、本件清掃工事契約の受注を目的として、右の現地調査に参加するなどして、右の参考見積の作成に関与していた。被告加藤は、被告会社の専務取締役、被告千葉は、その営業主任であったが、右現地調査、前記の清掃業者に対する説明会や入札に参加するほか、同年六、七月ころから入札に至るまで、度々公式に水産課において、被告河室及び被告青柳らと本件清掃工事の手順、その他実施に関する打ち合わせなどしていた。

そして、被告千葉は、被告会社による右落札の後、被告会社の責任者として、被告河室及び被告青柳らと、本件清掃工事の日程等に関する最終的な打ち合わせをし、また魚町一丁目の加工業者に対する説明会に出席した。

被告加藤及び被告千葉は、これらの入札や打ち合わせなどを通じて、本件清掃工事が実施される本件汚水管には、通常、魚町一丁目の加工業者が、魚の頭や内臓など、蛋白質その他の有機物質を多量に含んだ工場排水を排出していること、通常、このような汚水から、人体に有毒なガスが発生しやすいことを認識していた。

(4) ところで、被告会社は、本件のような大規模な清掃工事、特にその主管部分のような一一〇ないし一三五センチメートルに及ぶ大直径で、延長も長い汚水管の清掃工事の経験が乏しく、独力でこれを実施することが困難であった。一方被告鈴木は、このような大規模な清掃工事にも経験が深かった。

そこで被告会社は、被告鈴木に対し、本件清掃工事の受注を条件として、主管部分の清掃の下請を依頼していた。

被告鈴木は、右依頼を受けて、前記現地調査に協力した。被告鈴木は、その後の被告市と被告会社との打合わせ等には、関与していなかったが、昭和五五年七月中旬ころ、被告会社との間で、本件汚水管の主管部分の清掃一切を六五〇万円で下請する旨の契約を締結した。

(三) 清掃方法の決定

(1) 本件汚水管の前記現場調査には、被告市の担当者として水産課流通係長の内海精、被告千葉、被告鈴木、本件排水処理公社及び東北開発整備センターの関係者などが出席していたが、このとき、被告鈴木が中心となって、本件汚水管の主管の状況や閉塞の割合を調査、検討した結果、本件汚水管の主管を清掃することは、機械による高圧洗浄の方法では技術的に容易でなく、作業員が主管の中に入り、ホースを操作して、堆積した汚泥を吸い上げる方法を取るのが適当であることが判明した。

東北開発整備センターでは、被告鈴木による右調査の結果などを受けて、主管の清掃は右の方法を採用し、一方枝管の清掃は機械による高圧洗浄によって汚泥を除去する方法を採用することとし、これらの清掃方法を前提として、本件清掃工事の費用についての参考見積を作成して、水産課に提出した。

(2) 被告河室は、右参考見積をもとに、契約に必要な条件を規定した仕様書及び本件汚水管の延長等の数量を記載した総括書を作成したが、その内容は、東北開発整備センターが作成した参考見積の内容と殆ど同一であり、前提とした清掃工事の方法も、これを踏襲していた。

なお、右仕様書3項業務概要(4){3}には「主管の清掃を行う場合は、上流部からの汚水の流出に支障をきたさないように処理すること。」との条件(本件契約条件)が付されていた。

(3) 被告市では、前記のとおり、昭和五五年八月七日、指名した清掃業者に対する説明会を開いた。ここで、被告河室は、右仕様書及び総括書を配布し、これに沿って、本件汚水管の概要、その閉塞状況、本件清掃工事の条件などを説明し、特に〈1〉本件清掃工事に当たっては、魚町一丁目内の本件汚水管を別紙図面(一)記載のとおり四ブロックに分けて個別に清掃すること、〈2〉清掃の方法は、基本的には、主管は作業員がその中に入り、ホースを操作して汚泥を吸引する方法とし、枝管は機械による高圧洗浄によって汚泥を吸引する方法とすること、〈3〉ただし、各清掃業者が特別のノウハウを有していればそれ以外の方法でも構わないこと、〈4〉主管の清掃のために作業員が中に入るときは、主管内に土のうを積み、バイパスを設置して、主管内上流から流入する排水に対処すること、〈5〉工期は、本件清掃工事契約締結の日から同年九月一〇日までとすることなどの条件を説明した。

(4) 本件清掃工事契約を落札した被告会社は、被告市の基本的な条件に沿って、右(3)〈2〉の清掃方法をとることにした。被告千葉は、昭和五五年八月一二日、水産課において、被告会社及び被告青柳らにそのことを説明し、右各被告らは、これを了解した。

被告千葉は、この際、本件清掃工事の日程を次のとおりとすることを被告河室らに通知し、併せて主管内に積む土のう用の砂の提供方を求め、これらの了解を得た。

(主管の清掃日)

第一ブロック 昭和五五年八月二〇日から二四日まで(うち一番街区の清掃日は、同月二〇日)

第二ブロック 同月二五日から二八日まで

第三ブロック 同月二九日から三一日まで

第四ブロック 同年九月一日から三日まで

(枝管の清掃日)

第一ブロック 昭和五五年八月二〇日

第二ブロック 同月一九日

第三ブロック 同月二一日

第四ブロック 同月二二日

(四) 排水規制に関する交渉の経過

(1) ところで、以上のように、被告市及びその他の関係者は、本件清掃工事で主管を清掃する際には、作業員がその内部に入って作業することを予定していたのであるが、当時水産団地内から排出される工場排水及び生活排水の総量は、一日当たり約二〇〇〇ないし三〇〇〇トンにも上っていたため、これがそのまま作業員が作業している清掃区画の上流から流入したり、下流から逆流したりするときは、作業員が流されたり、溺死したりする危険があることは明らかであった。

また、主管に土のうを積み、バイパスを設置してこれらの排水を迂回させるとしても、魚町一丁目を四ブロックに分けて、本件汚水管の主管を清掃するときには、別紙図面(一)の記載のとおり、各清掃区画の上流側と下流側の両端にある二つのマンホールに、それぞれ当該ブロックの直近上流のブロック及び当該ブロックからの排水を流下させるための枝管が直結しており、その接合部の構造は、大略別紙図面(二)記載のようなものであったので、右枝管から流入する排水が、主管内に積んだ土のう上に落下したりして清掃区画に流入し、同様の危険などが発生する虞れもあった。

更に、本件排水処理施設の原水槽につながる別紙図面(一)記載の一番街区の主管の清掃においては、バイパスを設置すること自体が不可能であった。

一方、本件汚水管の枝管を清掃する際には、機械による高圧洗浄の方法がとられることになっていたが、この方法では、枝管内に排水が流入すると、洗浄の効率が低下することが予想された。

(2) そこで、被告鈴木は、昭和五五年七月六日、前記の現地調査が実施された際に、内海精及び被告千葉ら出席者に対し、主管清掃作業の時間中は、水産団地内の全加工業者に対し、工場排水の排出を全面的に停止させること、生活排水は、工場排水と比較して格段に少量であるから排出を規制する必要はないが、これに対応するため、主管の清掃区画の上流と下流の両端のマンホールに別紙図面(二)記載のように土のうを入れて排水の流れを遮断し、上流から流入する生活排水をポンプで地上に上げ、そこに設置したバイパスを通して下流に放出することが、主管の清掃作業の安全を確保するために必要である旨説明した。

被告加藤及び被告千葉は、これを受けて、被告河室及び被告青柳に対し、入札以前に非公式に行った前記打合わせの際ないし昭和五五年八月七日清掃業者に対する前記説明会が開かれた際にかけて、水産団地内の加工業者に対し、同様の排水の排出規制措置をとるよう要請し、あるいはそれが困難であるならば、少なくとも主管の清掃作業中は、その清掃区画に直結する前記の各枝管に対しては、工場排水の排出を停止させ、それ以外の箇所でも工場排水の排出をできるだけ低減させることを要請した。

また、被告加藤らは、同様に、一番街区の主管の清掃日には、水産団地の全工場に排水の排出を停止させること、枝管の清掃日には、当該ブロック内の工場に排水の排出を停止させることを要請した。

(3) これに対し、被告河室及び被告青柳は、本件清掃工事の工期が本件清掃工事契約締結の日から昭和五五年九月一〇日までとされており、実際には大体一〇数日から二〇日程度の期間が必要になる予定であったので、被告鈴木の右の説明のように本件清掃工事の全期間中全面的に工場排水の排出を停止させることにすれば、この間水産団地内の加工業者の操業が困難になって、これらに与える経済的な影響が大きすぎると考え、被告加藤らの同趣旨の要請は拒否したが、被告加藤らのその余の要請については前向きに検討することとし、加工業者に対し、〈1〉主管の清掃作業中は、清掃区画に直結する前記の各枝管につながる各工場では、工場排水の排出を停止し、それ以外の工場でも、使用する水をいわゆる流しっ放しにしないことによって工場排水の排出を極力低減すること、〈2〉一番街区の主管の清掃日には、水産団地の全工場で排水の排出を停止すること、〈3〉枝管の清掃日には、当該ブロック内の工場で排水の排出を停止することを要請すると約束した。

被告加藤は、被告鈴木と本件汚水管の主管清掃の下請契約を締結した際、被告河室らとの右交渉経過に基づき、主管の清掃作業時間中は、清掃区画に直結する枝管からは、生活排水は別として、工場排水が流入することはない旨説明した。

(4) 被告市は、昭和五五年八月一二日、加工業者に対し、前記説明会を開き、被告河室は加工業者に対し、本件清掃工事の日程を説明し、前記(3)の趣旨で工場排水の排出を停止ないし制限するよう要請した。しかしながら、当時予定されていた工事日程では、主管の清掃には一ブロック当たり三ないし五日間、その直下のブロックの清掃と合わせると、六ないし九日間かかる予定であったので、加工業者から、操業に対する影響が大きいなどと不満の声が出て説明会が紛糾した。その結果、被告河室は、一番街区の主管の清掃日を除くその余の主管清掃日には、必ずしも、工場排水の排出を停止しなくとも、これを節水すれば主管内の作業員が溺れる危険はないものと考えて、譲歩することとし、最終的には、加工業者に対し、〈1〉一番街区の主管の清掃日には、水産団地の全工場で排水の排出を停止すること、〈2〉それ以外の主管の清掃日には、全工場で排水を極力節水すること、〈3〉枝管の清掃日には、当該ブロック内の工場で排水の排出を停止することを要請し、加工業者らの同意を得た。

被告青柳及び被告千葉は、この説明会に出席しており、被告河室の右要請を聞いていたが、その内容については、格別の異議を唱えなかった。被告加藤は、右説明の後、被告千葉から説明会の報告を受けたが、同様に異議は述べなかった。

被告市では、翌一三日、魚町一丁目及び二、三丁目の加工業者らに対し、書面を配布して、本件清掃工事の日程を知らせるとともに、それぞれ右〈1〉ないし〈3〉のとおりの排水排出の停止ないし節水を要請した。

以上のとおり工事日程が確定し、一番街区の主管清掃日である同月二〇日には、水産団地内の工場排水の排出が停止されることとなり、そのため一部の工場では、同日は、発生する工場排水を前記のような各工場内の排水処理施設等に貯溜することが予測されたが、被告河室、被告青柳、被告加藤及び被告千葉は、このように夏場の暑い期間に、排水処理施設に貯溜された工場排水は、腐敗が進行して、人体に有毒なガスが生じる虞れがあることを認識していた。

(五) 本件清掃工事の実施及び本件事故の発生

(1) 開発センターでは、昭和五五年八月一八日、本件清掃工事に関する打合わせが行われ、被告鈴木、被告八木橋及び主管清掃の作業員らが出席した。

被告八木橋は、主管清掃の現場責任者であった。被告鈴木は、本件汚水管の内部に堆積した汚泥から硫化水素あるいはメタンガスなどの有害ガスが発生したり、いわゆる酸欠の状態になる危険があると考えており、被告八木橋らに対し、作業開始前には、酸素濃度測定機を使用すること、最初に本件汚水管内に入る作業員は、酸素マスクを装着すること、規定の濃度の酸素があることが確認されるまでは、酸素マスクを外さないこと、などの注意を与えたが、一方、被告加藤の前記説明から、主管の清掃作業中は工場排水が枝管から清掃区画に流入することはないと考え、その排水から有毒ガスが発生する可能性などについては言及しなかった。

(2) 被告八木橋は、日出則を含む開発センターの作業員らとともに、同月一九日、石巻市に到着し、その後、被告加藤及び被告千葉と本件清掃工事の打合わせをした。ここで、被告八木橋は被告加藤から、主管の清掃は、下流のブロックから上流のブロックに向かって順次実施して欲しいとの要請を受けたが、被告八木橋は、それでは、上流を清掃している間に、清掃を済ませた下流の区域に再度汚泥が溜まることになって、清掃作業に支障をきたすとして、作業日程を被告加藤の要請の逆の順序に変更することを申し入れ、被告加藤及び被告千葉もこれを了解した。

また、この打合わせにおいて、被告加藤らは、被告八木橋に対し、主管の清掃区画には、枝管から排水が流入しないように止めているので、主管だけを事故のないように清掃して欲しい旨説明した。

被告加藤は、右打合わせの結果に従い、翌二〇日、被告千葉を介して、被告市に、主管の清掃について工事日程を次のとおりに変更することを届け出たが、これに併せて、工場排水の排出規制を変更するなどのことは要請しなかった。被告河室及び被告青柳は、この日程変更に同意したが、同様に加工業者に対し、工場排水の排出規制の変更などは要請しなかった。

第一ブロック 昭和五五年八月三〇日から同年九月三日まで

第二ブロック 同年八月二六日から二九日まで

第三ブロック 同月二三日から二五日まで

第四ブロック 同月二〇日から二二日まで

(3) 被告八木橋ら開発センターの作業員は、右変更された工事日程に従い、昭和五五年八月二〇日、第四ブロックの主管の清掃に着手し、同日中にこれを完了した。

当初の工事日程によれば、もともと同日は、バイパスの設置が不可能な一番街区の主管の清掃日となっていて、被告市から水産団地内の全加工業者に工場排水の排出停止が要請されており、加工業者らがこれを遵守したため、主管の清掃区画には、工場排水は流れてこなかった。

この間、水産団地内の加工業者の一部は、工場の操業を停止していたが、組合を含むその他の加工業者では、操業を維持したまま、各工場内になる排水処理施設に工場排水を貯溜して、被告市の右要請に対応していた。

(4) 日出則を含む開発センターの作業員らは、翌二一日午前七時半ころ、被告八木橋に率いられて、当日清掃予定であった第三ブロックの最上流部(第四ブロックとの中間地点)にある本件マンホールに到着した。作業員らは、まず本件マンホール内の酸素濃度を測定し、送風機で内部に空気を送風した後、再度酸素濃度を測定したが、その結果、酸素濃度は二一パーセントであり、作業に適する領域であることが確認された。そこで、日出則を含む作業員五名が、本件マンホールの内部に入って、まず本件マンホールの中央部に被告会社が用意した土のうを積み、バイパスを設置してから、第三ブロックの主管の清掃作業を開始した。この間作業員らは、酸素マスクを装着していなかったが、送風機による送風は継続していた。

(5) ところで、同日の清掃予定区画である第三ブロックの直近上流の第四ブロック内にあった組合では、前日中は、その排水処理施設に汚水を貯溜していたのであるが、組合の従業員高橋憲治は、右二一日午前八時半ころ、施設の装置を操作して、貯溜されていた汚水のうち本件汚水約四トンを同ブロックの枝管に排出した。排出された本件汚水は枝管を通り、別紙図面(二)記載の南側枝管の排出口から本件マンホール内に流入したが、ここで本件汚水に含まれていた硫化水素が気化した。このため右マンホールないしこれに近接した第三ブロックの主管内で清掃作業中であった日出則を含む五名の作業員は、発生した硫化水素ガスを吸ってその場に昏倒し、うち日出則ら二名が、右主管内に滞留してた汚水を吸引し、窒息して死亡した。

なお本件事故の当時、被告会社は、主管内に積むために土のうを用意しており、また汚水管を閉鎖するための専用の器具なども存在していたが、本件マンホールに直結する枝管には、これらの土のうや汚水管の閉塞器具などを詰めておらず、枝管に排出された排水は、そのまま本件マンホール内に流入する状態であった。

また本件事故発生後にも本件汚水管の清掃は続行されたが、これに当たって、被告市は、主管の清掃についても機械による高圧洗浄の方法を採用し、一方一日のうちで清掃作業が行われている時間中は、水産団地内の加工業者に対し、工場排水の排出を停止させて、右清掃作業の実施に対処した。

3 本件事故の原因について更に検討する。

(一) 前示認定の事実、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(1) 硫化水素ガスは、卵の腐ったような特有の臭気を有する無色の気体であるが、人間が濃度五〇〇から七〇〇PPM以上のガスを約三〇分以上呼吸すると亜急性中毒を起こして死亡する危険があり、一〇〇〇から一五〇〇PPMのガスの場合には、直ちに急性中毒を起こして失神し、呼吸麻痺によって死亡するといわれる有毒ガスであり、現在酸素欠乏症等防止規則(昭和四七年九月三〇日号外労働省令第四二号)五条では、労働環境の許容濃度が一〇PPM以下とされている。一般には蛋白質など硫黄含有の有機物質が嫌気性細菌によって分解された際に発生し、下水や産業排水などから検出される。

(2) 一方、組合の前記工場では、組合員である加工業者らが、魚の解凍などの一時処理をしており、ここから出る汚水には魚の頭、内臓など、蛋白質その他の有機物質が多量に含まれていた。これらの汚水は、組合工場の敷地内にある排水処理施設に集められ、その中で順次原ポンプピット、原水槽、ペーハー槽、クリフローター、処理水槽、汚水マスを通り、途中、蛋白質などが右ペーハー槽で薬品により分解され、クリフローターで除去されてから残った汚水が枝管に排出される仕組みになっていた。

しかし本件事故発生の当時、右排水処理施設は、清掃が不十分で、未処理の魚肉の残滓などが大量に堆積しており、クリフローター上部などには、厚さ約一メートル余りの夾雑物や汚泥が凝固しているという状態であった。

(3) そして、本件事故発生の前日である昭和五五年八月二〇日は、平均気温が摂氏二二・五度であった。

したがって、右のように多量の蛋白質その他の有機物質を含む汚水が、二〇日に被告市から発せられた排水の排出停止の要請に沿って、未処理の魚肉の残滓などが大量に堆積している状態の排水処理施設に貯溜されていたため、同日の平均摂氏二二・五度という高い気温と相まって、右汚水中の蛋白質その他の有機物質が、嫌気性細菌の作用によって高度に分解され、この間発生した硫化水素が、本件汚水中にも多量に溶解していたものと推測される。

(二) そして、〈証拠〉によれば、本件事故発生直後の昭和五五年八月二一日午前一一時二〇分頃、組合工場のある別紙図面(一)記載の七番街区の枝管から本件マンホールに流入していた汚水中の硫化水素濃度が、メチレンブルー法による測定で一リットル当たり一九一ミリグラム(同日午前一一時三〇分頃、組合排水処理施設の前記汚水マス内にあった汚水中の硫化水素濃度は、さらに高く、同じく一リットル当たり五一二ミリグラム)であったことが認められるから、本件汚水中にも、同じく一リットル当たり二〇〇ミリグラム前後の硫化水素が溶解していたものと推測されるが、右各証拠によれば、この硫化水素の濃度は、前記の形状、構造から本件マンホールの容積を一五立方メートルと見積もった場合、右程度の硫化水素が溶解している汚水の僅か一一五リットルに含まれる硫化水素が気化しただけで、本件マンホール内部の硫化水素ガスの濃度が、致死濃度である一〇〇〇PPMに達してしまうほどの危険性を秘めたものであったことが認められ、これによれば、実際には汚水に溶解していた硫化水素のすべてが気化するものではないが、本件事故のように四トンもの汚水が流入した場合には、本件マンホール内の硫化水素ガスの濃度は、数秒間で日出則らを直ちに昏倒せしめる程度にまで上昇したものと推測される(現に、右各証拠によれば、本件事故後の同月二二日午前一一時四〇分に、本件マンホール内から採取された空気には、四週間後の測定でも、検知管法で三五〇PPM、より信頼性の高い比色法で二五八PPMの硫化水素ガスが含まれていたことが認められ、硫化水素が酸化され易いことを考えると、本件事故の当時は、更に高濃度であったものと推測される。)。

(三) 更に、右各証拠によれば、本件事故発生後の同年九月三日、組合と同様七番街区に所在している別の工場の排水処理施設内の原水槽から採取された汚水のうちにも、溶解していた硫化水素の濃度が一リットル当たり一五二ないし一九三ミリグラムにも上るものが発見されていることが認められるが、本件清掃工事が実施される前の本件汚水管の前記状況とこのような事実を考え併せると、本件事故発生の当時、本件汚水管内に流入していた汚水は、その全体を平均した場合に溶解している硫化水素の濃度が極めて高いかは別にして、流入していた一つ一つの工場排水を個別にみると、組合からの工場排水以外にも、含まれている蛋白質その他の有機物質の分解が夏場の高気温のもとで進行して、発生した硫化水素が多量に溶解しているものが相当数あり、このような汚水が主管内に流入する都度、その近辺で局所的断続的に高濃度の硫化水素ガスが気化していたと推測される。

(四) 結局、日出則らは、このようにして本件汚水から気化した高濃度の硫化水素ガスを吸引し、退避するいとまもなく昏倒して、本件事故に遇ったものと認められる。

4(一) 以上の認定の事実に対し、〈証拠〉中には、被告会社らと被告市との間では、本件清掃工事の実施中は、どのブロックの主管の清掃日であるかにかかわらず、被告市が水産団地内の全工場に、工場排水の排出を停止される措置をとるとの合意ができていた旨の記載がある。

しかしながら、被告加藤及び被告千葉が、被告河室及び被告青柳と、非公式に行った前記打合わせの際に、同様の要請をしたが、右被告らに拒否されたことは、〈証拠〉から明らかであり、これに反する前記各記載の内容は、直ちに措信することができない。

(二) また、〈証拠〉の中には、昭和五五年八月一二日の加工業者に対する説明会において、被告河室は加工業者に対し、主管の清掃日には、当該清掃区画に直結する枝管に対して、工場排水の排出を全面的に停止しなければならない旨説明しており、単なる節水の要請ではなかった旨の記載がある。

しかしながら、前示認定のとおり、被告市は、被告河室が同日した説明に沿って、翌一三日、魚町一丁目内の加工業者に対し、第一番街区以外の主管の清掃日には、工場排水の排出を極力節水すればよい旨を記載した書面を配布しているのであり、この点及び反対趣旨の前掲各証拠に照らし、前記各記載の内容は直ちに措信できない。

(三) また〈証拠〉中には、被告市らは、被告会社などから、工場排水の排出を停止させるよう要請を受けたことはない旨の部分があるが、これらの記載部分は、反対趣旨の〈証拠〉及び前示2(四)(1)認定の各事実に照らし直ちに措信できない。

(四) 更に、〈証拠〉には、被告河室が、昭和五五年八月七日の清掃業者に対する説明会で、本件清掃工事を実施するに当たって、枝管に土のうを詰めるように指示したとの部分、ないし、同月一二日落札後に被告河室らが被告千葉と本件清掃工事実施のために最終的な打合わせをした際に、被告河室らが被告千葉に対し、同様の指示をしたとの記載があるが、〈1〉右〈証拠〉によれば、被告河室は、本件事故後、検察官に対し、枝管には土のうを詰めろと指示したことはない旨供述していることが認められること、〈2〉右各記載の中には、枝管に土のうを詰める目的に関し相互に食い違う部分があり、また枝管のどの部分に土のうを詰める予定であったか必ずしも判然としないこと、〈3〉右各記載の中には、枝管に土のうを詰めて閉塞した場合でも、その閉塞した枝管にバイパスを設置することにはなっていなかった旨の部分があるが、これにしたがうときは、前示のとおり、魚町一丁目の加工業者から排出される多量の排水が、枝管のマンホールなどから地上に溢れる事態となる可能性が高く不合理であること、以上の諸点並びに前掲各証拠に照らすと、右各記載部分は直ちに措信できず、他に被告河室及び被告青柳ら被告市の担当職員が、被告会社などに枝管の閉塞を命じたことを認めるに足りる証拠はない。

(五) 更に、〈証拠〉の中には、本件汚水管中の排水の水質検査は、排水処理公社の権限に属し、被告市には、その権限はなく、また実施したこともないとの部分があるが、〈証拠〉に照らし直ちに措信できない。

5 そして、他に前記認定を覆すに足りる証拠は存在しない。

二 被告市らの責任

1 本件汚水管が国家賠償法二条一項所定の公の営造物に当たることは明らかである。

2 そこで、本件汚水管の設置又は管理に瑕疵があったかについて判断する。

(一) 国家賠償法二条一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、右安全性とは、当該営造物の利用者以外の第三者に対する安全性をも含むものと解される。

(二) ところで、前示認定のとおり、本件汚水管内に排出される工場排水の中には、夏場に排水処理施設などに貯溜されると、その間に含まれている魚の頭や内臓などの蛋白質その他の有機物質の腐敗が進行して、高濃度の硫化水素が発生する虞れのあるものがあったところ、本件のように、主管の清掃に当たって、作業員がその内部に入る方法が選択され、かつ夏場である工事期間中に一時的にせよ工場排水の停止をさせて排水処理施設などに貯溜される措置が取られたときは、その後作業員が主管内で清掃作業中に、工場排水を枝管から主管の清掃区画に流入させれば、この排水から硫化水素ガスが発生して、作業員の生命身体に危険が及ぶ可能性があったことは客観的に明らかである。

(三) そして、〈1〉被告市の水産課では、右各工場から排出される直前の汚水について水質調査を実施していたのであるから、BODやノルマルヘキサン抽出物質含有量などの測定値から、汚水中に魚の解体処理や加工によって生ずる有機物質や油分が多量に含まれていることを把握していたものと推測され、右汚水中に、これらの物質とともに発生した魚の蛋白質など、腐敗すると硫化水素を発生させやすい物質も多量に含有されていることも、容易に予測できたはずであり、〈2〉このような汚水が、気温の高い夏場に、工場内の排水処理施設に長時間にわたって貯溜されれば、人体に有毒なガスを生じる慮れがあることは、明らかであって、〈3〉現に、昭和五五年六月ころ、本件汚水管から路上にあふれた汚水からそのようなガスが発生しており、そのことは、被告河室及び被告青柳も認識していた、などの事情のもとでは、本件汚水管の管理者であり、かつ本件清掃工事の注文者である被告市の担当職員たる被告河室及び被告青柳としては、被告会社に対し、少なくとも主管清掃区画付近の枝管を土のうや専用の器具などで閉塞するなどして、これらの枝管から工場排水が主管清掃区画付近に流入するのを防止する措置をとるように命ずべきであり、もし被告会社がかかる措置をとらないで本件清掃工事を実施しようとするときは、直ちに工事を中止させるか、あるいは自ら石巻市公共物条例八条一項四号及び五号に基づき、加工業者に対し、この排出を停止させるべきであったということができ、当時、被告河室らに、これらの措置をとることが困難である客観的な事情が存在したとは認めることができない。

(四) したがって、被告河室及び被告青柳が、右のような措置をとらずに、漫然と被告会社に本件清掃工事を実施させ、これにより本件事故を惹起させたのであるから、被告市には、本件汚水管の管理に瑕疵があったものといわなければならない。

したがって、被告市は、本件事故により発生した損害を賠償する責任がある。

3(一) なお、被告市らは、民法七一六条本文が適用されるから、被告市らには責任がない旨主張するが、前示のとおり、被告市は、一方で、主管の清掃に当たり作業員がその内部に入る方法を選択し、事実上清掃業者に対し、このような清掃方法を推奨し、また、加工業者には、昭和五五年八月二〇日に一時的にせよ工場排水の排出を停止される措置をとっており、その結果としてこれを排水処理施設に貯溜させるなど、主管清掃の作業員の安全を脅かす要因を作りだしていたにもかかわらず、他方で、右のとおり、その後工場排水が、枝管から主管の清掃区画内に流入するのを防止するに足りる措置をとっていないのであるから、本件清掃工事契約における注文者としての請負人に対する指図に過失があるものといわなければならず、この点に関する被告市らの主張は採用することができない。

(二) また、被告市らは、被告河室及び被告青柳ら担当職員に、本件清掃工事についての指示監督権限がなく、現実にもそのような権限を行使したことがないから、被告市には責任がない旨主張するが、右被告らが、本件清掃工事の実施について、一般的な指示監督権限を有していたかは別論として、本件清掃工事契約は、少なくとも一面で請負契約の性質を有しているのであるから、特段の事情がない限り、注文者たる被告市は当然前示2(三)のような措置を指示する権限を有しているのであって、この点に関する被告市らの主張事実によっては、被告市に損害賠償責任があるとの右結論を左右することはできない。

(三) 更に、被告市らは、本件契約条件により、本件清掃工事に当たっては、魚町一丁目を含む水産団地内の当該清掃区画から上流の全加工業者に排水の排出を継続させることが前提となっており、被告会社は、これを承諾して本件清掃工事契約を締結したものであるから、事故発生を防止するべき注意義務は、同被告のみがこれを負担すべきであると主張し、〈証拠〉には、これに副う記載部分がある。

しかしながら、〈1〉前示のとおり、結局被告市は、被告会社から要請を受けて、当初一番街区の主管の清掃予定日であった昭和五五年八月二〇日には、全加工業者に工場排水の排出を停止させ、また枝管の清掃日には、当該ブロック内の加工業者に工場排水の排出を停止させているが、右要請を受けた際に、被告河室及び被告青柳が、被告市らの主張する本件契約条件の内容ないし本件清掃工事契約の前提に反することを指摘するなどして、これに異議を述べた形跡がないこと、〈2〉また〈証拠〉には、本件契約条件における「上流部からの排水」とは、本件清掃工事の対象外である魚町二、三丁目から流入する排水を意味するのであり、本件契約条件は、魚町一丁目内の加工業者による工場排水の排出を規制しないことを意味するものではない旨の反対趣旨の記載部分があることなどに照らすと、そもそも本件契約条件の内容を被告市ら主張のように解することができるかには疑問があるうえ、仮に、本件契約条件を被告市ら主張のとおりに解することができるとしても、それだけで被告市らが、本件清掃工事の実施に当たり、事故発生を防止すべき注意義務を免れるものと解することはできず、また、後示のとおり、被告会社にも、この点に関し作業員の安全を確保すべき注意義務があるからといって、右担当者らの責任が軽減、免除されるものでもないといわなければならない。

4 原告らは、被告河室及び被告青柳に損害賠償責任があると主張する。

しかしながら、公の営造物の維持、管理を担当する地方公共団体の公務員が、その職務を行うについて、客観的注意義務を履行を怠って、他人に損害を与えた場合には、当該地方公共団体がその被害者に対し責に任じるものであって、公務員個人はその責を負わないものと解されるから、被告河室及び被告青柳には、直接原告らに対しては、本件事故から発生した損害を賠償する責任がないものといわなければならない。

三 被告会社らの責任

1(一) 前示のとおり、夏場に排水処理施設に貯溜されるなどして、その中に含まれている蛋白質その他の有機物質の腐敗が進行した工場排水が枝管から主管の清掃区画に流入するときは、その中から硫化水素ガスが発生して主管の清掃に従事している作業員の生命身体に危険が及ぶ虞れがあったところ、前示認定の各事実、特に、被告河室が昭和五五年八月一二日の加工業者に対する説明会において、主管清掃日に排水の排出を必ずしも完全に停止しなくともよい旨の説明をし、被告千葉においては直接、被告加藤においては被告千葉から報告を受けて、それぞれこの説明を聞知し又はこれを聞知することが可能であったこと、被告加藤及び被告千葉は、魚町一丁目の加工業者が排出している排水から、なんらかの人体に有毒なガスが発生しやすい状況にあったことを認識していたことなどの事情によれば、被告加藤及び被告千葉は、前記のような危険な状況が発生することを予見できたものというべきである。

(二) 被告会社は、被告市と本件清掃工事契約を締結した当事者であり、また一方被告鈴木とは、主管の清掃について下請契約を締結していたのであるから、このような場合、それぞれ被告会社の専務取締役ないし営業主任である被告加藤及び被告千葉には、被告市に対し、工場排水の排出を停止させる措置を取るように要請し、これが履行されたことを確認するまでは、開発センターの作業員に主管の清掃作業を中止させる注意義務があり、もし、被告市が、このような措置を取らず、あるいはそのことが確認できないときは、自らあるいは開発センターの作業員らに命じて、主管清掃区画付近の枝管を土のうや専用の器具などで閉塞するとともに枝管にバイパスを設置するなどして、これらの枝管から工場排水が清掃区画の付近に流入するのを防止する措置を取るべき注意義務があったといわなければならない。

(三) 被告加藤及び被告千葉は、これらの注意義務を履行することを怠り、枝管から工場排水が流入するのを防止する措置をとらないまま、開発センターの作業員に清掃作業を開始させたものであるから、右被告らには、この点について過失があったものというべきである。そして、右注意義務の懈怠は、被告会社の事業の執行に付いてなされたものであるから、被告会社らは、いずれも本件事故によって発生した損害を賠償する責任がある。

2 これに対し、被告会社らは、抗弁として、被告加藤及び被告千葉らの過失は、被告河室及び被告青柳ら被告市の担当職員の過失と比較すれば、極めて軽微なものであり、これと被告市の技術水準及び賠償能力等を勘案すれば、被告会社らには、損害賠償の責任がないか、あるいは生じた損害のうち三パーセント以上を賠償する責任はないと主張する。

しかしながら、前示のとおり、主管清掃作業の安全性を確保するためには、その前提として工場排水の排出規制をどのようにするかは、根本的な重大性を持つ事項であったのに、被告加藤及び被告千葉らは、被告市との交渉において、この点を必ずしも明確にしないまま、日出則らに清掃作業を開始させたのであるから、職業的に清掃作業に関係する者として、その過失は決して軽微なものということはできず、被告会社らの抗弁はいずれも採用することができない。

四 被告鈴木らの責任

被告鈴木は、被告会社と主管清掃の下請契約を締結した際、被告加藤から、主管の清掃作業時間中は、少なくとも清掃区画に直結する枝管からは、工場排水が流入することはない旨の説明を受けており、被告八木橋も、本件清掃工事に着手する前に、被告加藤らから、同様の説明を受けているのであるから、被告鈴木らが、主管の清掃区画に枝管から工場排水が流入して、その中から硫化水素ガスが発生する虞れのあることを予見しなかったからといって、これを被告鈴木らの過失ということはできない。

また、本件では被告鈴木らは、被告市の担当者に対し、右説明の真偽について問い合わせていないが、両者の間に直接の契約関係がないことなどに照らせば、このことを持って直ちに被告鈴木らに過失があるということもできない。

そして、そのほかに、被告鈴木らに本件事故の発生について過失があったことを認めるに足りる証拠はない。

五 損害

1 逸失利益

〈証拠〉によれば、本件事故の当時、日出則は四三歳であって、本件事故によって死亡しなければ、今後満六七歳まで二四年間は稼働可能であったと推認されるが、この期間に対応する新ホフマン係数は一五・五〇〇である。

〈証拠〉によれば、日出則は、本件事故の当時、開発センターの従業員として継続して稼働していたところ、本件事故の直前である昭和五五年一月から八月まで八箇月間の給与として合計二四二万八〇六三円、昭和五四年冬期及び昭和五五年夏期の賞与としてそれぞれ五〇万円と四五万円の支払を受けていたことが認められる。したがって、本件事故の当時の日出則の年収収入は、四五九万二〇九四円であると認められる。

2,428,063×12/8+500,000+450,000=4,592,094

したがって、これを基礎として、右稼働期間を通じて控除すべき生活費を三割として、死亡時点における日出則の逸失利益を算定すれば、四九八二万四二一九円となり、原告ら主張の四一一七万九五六四円を下らない。

2 本件事故発生の経過等、本件口頭弁論に顕われた一切の事情を斟酌すると、日出則の慰謝料としては、一三〇〇万円が相当である。

3 原告らが本件代理人に本訴の追行を委任し、その費用の支払義務を負担したことは、弁論の全趣旨から明らかであるところ、右費用のうち、本件事故と相当因果関係を有する金額は、本件事案の難易、審理経過、本訴認容額等に鑑み、五〇〇万円をもって相当と認める。

4 右1ないし3の金額を合計した五九一七万九六四円から、原告らが、労災保険給付金として支払を受けたことを自認する三六八万三三七七円を差し引くと、賠償されるべき金額は合計五五四九万六一八七円であるところ、原告今井良子は、日出則の妻であり、原告今井秀智、原告今井秀雄及び原告今井光子は、いずれも日出則の子であって、日出則の相続人は、原告らのみであり、また右3の弁護士費用は、原告らが、その相続分にしたがって負担しているものとみられるから、原告らが支払を受けるべき損害賠償の額は、原告今井良子が、右金額の三分の一である一八四九万八七二九円、その他の原告らが、各自前記金額の九分の二である一二三三万二四八六円となる(これらのうち弁護士費用を差し引いた損害額は、それぞれ一六八三万二〇六二円と各一一二二万一三七四円である。)。

六 以上の次第で、原告らの被告らに対する請求は、被告市、被告会社、被告加藤及び被告千葉に対し、各自、原告今井良子が一八四九万八七二九円、その他の原告らがそれぞれ一二三三万二四八六円及び原告今井良子がうち一六八三万二〇六二円に対する、その他の原告らがそれぞれうち一一二二万一三七四円に対する、いずれも本件事故発生の日の後である昭和五五年八月二二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の被告らに対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、被告市らの仮執行免脱宣言の申立については、その必要がないものと認め、これを却下し、よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口 忍 裁判官 山田敏彦 裁判官 夏目明徳)

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